|
三橋京子さんが型小紋と出会ったのは、1968年のことである。
「実家のお店が着物を扱っていた関係もあって、縁あって染めの仕事をしていた三橋家に嫁いできました。義父は型小紋5代目の職人気質の三橋榮三です。大学を卒業したばかりの夫と一緒に、それこそ結婚した翌日から修業生活に入りました」
当時は職人さん40名、お手伝いさん2名を擁するほど手広く事業を行っていた。その職人さんたちの世話をしながら、簡単な色刺しから修業を始めたのである。ところが10年後にご主人が亡くなり、社会環境の変化と相まって職人さんも徐々に減ってきた。ついには、義父のもと数名の職人さんと細々と仕事を続けるようになってきた。三橋京子さんが本格的に修業を始めたのは、このときからだった。
「義父は本当の名人で、体つきから手の感じまでまったく違います。そこにいるだけで威圧感がありました。昔気質で叱咤の声に、身がすくみました。義母は心配して、『もう止めてもいいよ』といってくれました。しかし、子どもを育てるためにと、必死に仕事を覚えました。自分なりに仕事ができるようになったと思えるようになったのは、10年もたってからですね」
染めの基本は「型付け」にある。型には癖があって、なかなかうまく染め付けられない。かといって職人さんの前で練習するわけにもいかない。そこで、みんなが寝た後や早朝に型付けの練習をしたという。
「義父の叱り方は半端ではありません。『あの人に仕えられれば、誰にでも仕えられる』と周りからいわれたほどでした。だから、あまり教えてもらおうとしませんでした。しかし、ちょっと教えてもらったことが今になって、『ああ、そういうことだったのか』と腑に落ちるようになってきたのです。いまさらながら、もっといろいろ聞いておけばよかったと残念に思っています」
技術が未熟なときには分からなかったものが、腕が上がってくるとともに次第に見えるようになってきたのだろう。
|