|
水野竹山(みずの ちくざん)
東京でのファッションデザイナー生活25年を経て、地元多治見にもどり、長年思い続けていた藍染の創作活動を始める。
元来、藍染は良水を求めて始めるのを、敢えて美濃焼の陶土に含まれる鉄分の多い水を利用して渋みのある色を利用し、独学でオリジナル作品を20年つくり続けている。
作品のテーマである山野草、動物、雲海に包まれた山脈、砂丘の風紋など自然を染めて、多くのファンが、現代のストレス社会生活にアートセラピーとして心を癒してくれるとメッセージを残して行かれる。
他に、柿渋染、草木染と、ジャンルにこだわらないマルチ作家である。
経歴
1939年 岐阜県多治見市に生まれる。
1960年 小沢喜美子モード学院卒業。
1966年 東京銀座たちばなデザイナー就職。
1985年 藍染め学ぶ。
1992年 第21回中部現展工芸部門新人賞受賞。
1996年 第54回現展工芸部門入選。
1998年 徳島藍フェスタリビングアート全国公募展入選。
1998年 第53回新匠工芸公募展入選。
1990年より年1回〜3回個展開催。
現在は岐阜県多治見市にて制作活動中!
染めへの想い
自然を愛し自然を生きる。そして山野草を愛しく思う私です。(中略)私達が胸を張って、この偉大な自然を明日の世代に手渡す為、私は作品を通して、一人でも多くの人々が手を取り合って自然を慈しむ気持ちになれます様、心を込めて染め続けたいと思います。――これは藍染め作家・水野竹山さんのメッセージ。いつまで見ていても見飽きない、柔らかな藍の風合いを生かした作品が、何かを訴えかけてくる。
自然の“気”が藍染め作家を生み出す
夏には蛍が飛び交う、水も空気も清冽な寒村に藍染め作家・水野竹山さんのアトリエ兼ギャラリーがある。
もともと絵が好きだった竹山さんは、服飾デザイナーとして和のテーストをベースにした数々のオートクチュールを発表、独自の作風で一時代を築いていた。しかし、毎日ウイスキーのボトル半分を空けなければ寝られないような、不規則でハードな生活に体を壊し、糖尿病から失明の危機に陥ってしまったのである。医師は入院するようにと勧めたが、竹山さんは「自分で治す」と決意した。それは、「自分の生きざまを見詰め直すいい機会だ」と考えたからである。
東京から多治見に居を移して1年間、野山を巡る生活を続けた。その間に2度ほど軽い眼底出血を経験したが、何とか事なきを得た。
「野山を巡っていると可憐なサギソウが風に揺れている姿に出会ったんです。身動きできないくらい感動しました。普段何気なく見過ごしていて木や草、森、自然から、こうした“感動”と“気”をもらって、慰められ元気になってきたのです」
もともと服飾デザイナーとして、和のテーストを追求してきただけに、自然素材そのものである藍を使って、こうした感動を写し取ろうと考えるようになったのは、必然だったといえる。
独自の抜染技法で藍染めの世界を変える
「わたしの藍染めは独学です。ろうけつ染めや筒染め、絞り染めなど伝統的な技法を学んだのですが、それでは自分が受け止めた自然をどうしても表せません。試行錯誤の結果、抜染という技法にたどりつきました。面白い。これならサギソウが表現できると直感したのです」
いまでこそ抜染技法は認められているが、十数年前は藍染めで「色を抜く」ことはタブー視されていた。当時指導を受けていた先生からは、「破門だ」とまで言われたほどである。それでも竹山さんは、「自分の中にある自然を写す」ことにこだわった。
「抜染技法には前例がほとんどありませんでしたから、試行錯誤を繰り返すしかありませんでした。今では“失敗が先生だった”と笑って言えますが、当時はまったく先が見えませんでした。結局、その技法の確立に10年かかってしまいました」
抜染技法で作品を作り始めて、初の個展『山野草、藍す』を開いた1990年のことである。かつて教えを受けたことのある藍染めの大家にも案内を出した。先生は来てくれたが、何も言わずに黙って帰っていった。こうして4年ほどたったときのこと。「水野さん、これだけやれれば、もう日本には右にでるものはいないね」と言ってくれたのである。「わたしの技法が認められたと、うれしさがこみ上げてきました」。竹山さんが、藍染め作家として一流の仲間入りした瞬間だった。いまでは、竹山さんの作風は、多くの藍染め作家の作品にも影響を与えている。
作品が勝手にメッセージを発することも
竹山さんの作品は、山野草や自然の風景が中心である。藍染め作家になるキッカケとなったサギソウはじめ、カザグルマ、フウラン、イワカガミ、カワラナデシコなどには、「抜染技法がよく合う」。また近くから望む自然を切り取ったような山の景色や引き込まれるような波など、「色を感じさせずに、色を引き出す」その世界は奥深い。
あるときダルメシアンの子犬を作品にした。「捨て子の子犬の里親捜しをしていました。里親が見つからないと保健所送りです。何とかしてやりたいと思ったのです」。その作品が染め上がったとき、竹山さんは驚いた。「射抜かれるような鋭い目をしていたのです。しかも、一枚の布が立体的に見えました。ただの藍染めではなく、子犬が人間の横暴を訴えかけているように感じました。わたしはそのメッセージを写し取っただけだったのです。作品づくりの際には、何かが降りてくると実感することも珍しくはありません」。
竹山さんは、湿原で風に揺られるサギソウなどを藍で表現すると同時に、「どうか、自然を破壊しないでください」というメッセージを送っているのである。
|